2019年8月29日木曜日

2019 8/28 『夜ジョグ』

22時以降の夜ジョグは副都心をぐるっと。

2019 8/25 『ナイキ ズーム ライバル フライ』

NIKEのランニングシューズって長くてややこしい名称のモデルが多いような気がするが...
このはったりかましたような弱いカメレオンのようなカラーのシューズは、様々なレースで1-2位を独占している有名なズームヴェイパーフライ4%などに使われている“エアロソール”が使われていて一万円を切るコストパフォーマンスに優れたモデルで、“ズームスピードライバル”シリーズのフルモデルチェンジ最新版だという.....ややこしいのでよく分からないが、ざっくりと言うと、エントリーモデルだが、それでいて結構、本格的、専門的なスパイクっていう感じで、学生アスリートイメージの商品だという。
日本市場向けに作られた商品で、まさに部活生シューズ....トレーニングシューズではなく、走りにくせがないレーシングシューズだと。
市民ランナーのスピード練習にも良いらしい。
自分みたいなものにはよくわからないが、少しゆっくりめに走ってみたところ、とても走りやすくてソールもやわらかく心地良かった。
もっとスピードを出したらこのモデルの良さが分るらしいので、もうちょい涼しくなったら、スピードを出してみようと思う。
ちなみに、この前身モデルの機能性が証明されたエピソードとして、リオオリンピック銀メダリスト、エチオピアのフェイサ・リレサ選手が2016年東京マラソン優勝したとき、の足元は、なんと“ズームスピードライバル“でした。日本に来日してから、購入したそのシューズで本番のレースを走り、2時間6分56秒とまさかのパフォーマンスで走ってしまいました。(アルペンマガジンから引用)
・・・そんなことで、なかなか良いモデルだそうだ。
初めてのナイキのランニングシューズ.....ちなみに、底値で60%オフのオドロキ価格¥3980でアマゾンで買えた。コスト的にもさらにお得だった。
シュータンが短くて少し硬いので、足首前面部分に干渉して少し痛むのが良くないが、他は概ね履きやすい。

2019年8月18日日曜日

2019 7/29 『南池袋公園』

30年前からよく行く南池袋公園。
土曜の晩にはバスケットやスケートボードをしたり、たんにたむろってワイワイしたり、デートでも使ったり....浪人時代、バイク通学で代々木ゼミナールに通っていて、この公園の歩道に駐車。
大学生の頃は園内で花見をしたり、社会人になっては旅行の集合場所で使ったりと思い入れのある公園。
当時の公園は暗くて汚く、浮浪者の寝床としても機能していた。汚いトイレに入った恋人たちはなかなか出てこないことも多々。
そんなこの公園の芝生の下、戦争で亡くなった多くの方の収容場所で埋葬されていたという歴史もある。毎年地域の方々によって供養されている。
今では併設されたショップでビールや肉を楽しむこともできて、幸せな多くの家族づれや恋人たちで賑わっている。
園内には戦争のことを綴った案内板もあるが、ほとんどの方が素通り。
平穏なこの環境の元には、かつて犠牲になった方々の思いもあることを知って欲しいと思う。

2019 7/23 『独り言』

去年は6月に梅雨があけて、Facebookの思い出によると、ちょうど去年の今頃は都立公園のBBQ広場で36℃だったと....アスファルトのところだと40℃ちかくか越えていたことだろう。
汗だくでベロンベロンになりながらソーセージや肉などをびちゃびちゃになりながら食べて、なかなかハードだった....つい最近のことに思う。
その日はスケート仲間の親友の命日だった。
さて、長引く梅雨で比較的涼しい日々で、身体がとて楽で、今年だけは嬉しい限り....でも、今週には梅雨明けだ。
暑い暑い夏がやって来る。
この雨が続く中、あまり走る気にもならず、ゆっくりと過ごしている。
この3つの写真は4-5-6月くらいのもの。
YAMADAのポイントがまぁまぁあるけど、自分が欲しいものが店頭にほとんどないので、1年以上放置しっぱなし。
GPSのランニングウォッチが去年の12月に壊れて以来、携帯でしかレコードしていなくて、YAMADAでGPSのランニングウォッチを買おうとも、ポラールとエプソンしか取り扱いがなく、店員さんいわくガーミンの取り扱いの問い合わせが多いけど、今後もないという。さんざん迷って、エプソンにしようと思って寄ったら、エプソンのGPSのランニングウォッチの取り扱いはもう終了したとのことで....あんなに大きい本店なのに、どういうことだよと思って。YAMADAではあまりGPSのランニングウオッチは需要がないのでしょう。
唯一自分にとって有意義だったのはJINSでポイントが使えること。
妻に眼鏡をあげた。家電だけではないのが良いところだろう。
と、久しぶりにコンタクトレンズを新調したら、まぁ遠くは良く見えるけども、手元が滲む....ゴルフ場などでもリーディンググラスが置いてあるって聞くし、近眼で補正したところにまた近くが見えるようにリーディンググラスで補正をかけないとならないという、これがとても不便。
スポーツする時だけだったら快適だけど。。
検索したら補正してさらに補正する人もとても多いんですね。聞いてたとおりだ。
近くが見えづらいよりも、遠くが見えづらい方が、劇的に生活をしやすいように思うがどうだろうか。
レーシックとかしなくて良かったとも思うし、近視で良かったとも、なんとも変なことを思う今日この頃。
今かけている眼鏡は0.8くらいかせげていて、手元も遠くもあまり不便なく見えるが、めちゃくちゃちいさい数ポイントの文字だと、眼鏡を外すとえらくハッキリ見える....昔も今も眼鏡をずらして携帯などを見ている自分よりも年上のおじさんの気持ちがわかった今日この頃.....棟方志功が彫刻しているさまのような至近距離....ぺろぺろ指をなめてビニル袋や新聞や本をめくる先輩方と同じ行為。
最近はあまり走る気にならないので、かなり遅いペースでゆっくりジョグ。
ランニングを初めてちょうど10年となった。
実に早い。
そして、メシも酒も実に美味しい。
....ランニングシューズも増えたから、処分していこう。
うちは靴が多いし。
梅雨明け時季は大雨が多く、災害につながることも多い。
身体もまだ暑さに慣れていない。
水分補給もしっかりと。
えらい暑い夏はかんべん。
ご自愛ください。

2019年7月24日水曜日

2019 7/24 『アッ危い!そのスピードが死を招く!』

ビクタースタジオ横、仙寿院・千駄ヶ谷トンネル(通称 心霊トンネル<隧道>)

2019年7月16日火曜日

2019 3/25 『あせりと無理が危険を招く有名なグラフィック』

介護後から地元のスケート仲間のお墓参り。毎朝祈っているけど、2年ぶりかな??、お寺に行ったのは。
朝から板橋区を縦断横断....15km位歩いたり走ったり。
くたびれての赤塚公園でのさみしい独りウーロンハイ、これはこれで旨いけど。
ホワイト餃子でも買って帰るかな。

大昔からある地元高島平の首都高5号線橋脚の4輪2輪スケートボード暴走対策グラフィック、これも有名。

walk 20.25km

2019 7/8 『板橋区高島平 六の橋のグラフィック』

板橋区高島平、首都高五号線の脚に大昔からある有名なグラフィック。
危険です!スリルとスピード、ルール無視....もう30年以上前からあるんではないかな。高島平警察署公認。
時代遅れのような登場人物にすごく違和感を憶えて、スケートボードで通りすぎたり、トライアルバイクで飛ばしてよく眺めていた。
この先はネズミ取りをやっていることは地元では有名で、空いている道だから、どうしてもアクセルを開けがちになるわけで。
もう30年以上前だけど、荒くれていた高島平と川越街道沿い....暴走族もたくさんいた。
盗んだであろう直管のCBX400Fを探し出せ!という2つ上の先輩の命令でもって、何十人もの同級生総でで、高島平や西台・徳丸を探したことも懐かしい。
毎週末の夜、テレビの音も聞こえないほどの大コール....それを追いかける本官たち。先輩のあとを継ぐ自分たちの世代や、後輩もほぼいなかったのではないかと。いわゆるヤンキーというスタイルが、時代と共に変わっていった過渡期だったのではないかと。
昔っからバイクは好きだったけど、自分とはスタイルが違うから、そういうデザインのバイクはあまり興味がなかったし、族ステッカーを買わなければならない押し売り状況もよくあったけど、いつも断っていた。「普通は買うんだけどな...困っちゃうんだよオレが」といわれたけど、母からもらった大切なお小遣いを好きではないデザインの¥5000のもするステッカーには、その行き先には提供することが出来なかった。
母が懸命に稼いでいくれたお金、お小遣い.....母にも同級生にもごめんね、という妙な気持ちになったもので。この時点で囲まれて、いわゆるリンチ的なことになるんだが、自分の場合はなぜか何もなかった。手を出しにくい相手だったのだろう。
その当時はタイマン大会っていうものが流行っていて、20人以上の不良に囲まれて、じゃんけんで負けたか勝ったか忘れたが、嫌な殴り合いをしなければならなかった。
意味が分からない出来事、それも地域性や時代だったのだろうか。

そんな何とも生きていて実感がわかない、糠に釘みたいな状態の13歳を過し、当時の偏差値は36だった。先生の面談では定時制高校も行けない状態だと飽きられていたが、出来ない自分に嫌気がさし、優秀な同級生の首根っこを捕まえて、さっぱりわからなかった連立方程式などを軟禁状態で無理やり教えてもらった。 逆いじめとも言えるのだろうか、どうだろう。今でもごめんね、ありがとうという感謝しかない。
その頃に出逢ったのがスケートボードで、勉学にもやっと感触がつかめるようになり、普通の都立高校に入学が出来て、これまたおもしろい気のおけない仲間ができ、今でも強い繋がりが続いている。
そんないつものスケートボードの親友も世を去り、いつもの仲間の友も先日他界した。
早くに逝った友も多い。
これからもしっかりとたくさんの経験をしたいと改めて思っている。

直管にしたトライアルバイクってのも、より遅くてそれはそれで楽しかったのを、このグラフィックを見て思いだすんです